Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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PTS

miyake3


2004.12
「いじめによるPTSD」事例に対するEMDR治療の効果測定:
 自己測定スケール及び標準化されたスケールを使用
(Modified Version)

はじめに
 本論の構成について以下に述べる。まず初めに、本論においてシングル・システム・デザインの応用を考える「自分が現在行っているソーシャルワーク実践」の事例について概要を記述しアセスメントを行う。アセスメントの枠組は、(1)ターゲットとなるクライエント・システム(2)介入の対象とすべき問題 (3)介入目標(4)介入目標の達成基準、以上である。(注1) 次に、上記枠組を前提とした上で、本事例に対してシングル・システム・デザインがどのように応用できるか、また、応用にどのような問題点があるかを論じる。
本事例の概要及びアセスメント
1.事例の概要
A子は通信制高校を卒業後、**年**月に***に入学したが、授業が*月半ばに開始してほどなくして欠席が続くようになった。話を聞くと、本人は小学校時代よりしばしばいじめに遭い、中学入学後いじめが原因で不登校になった。その後高校に入学したがここでもいじめに遭い、一年後に中退した。その後通信制の高校に再入学し卒業した。しかし、入学後クラスの他のメンバーとコミュニケーション上の不具合を経験し、クラスの他のメンバーと上手くやっていけないという。本人の話によると、本人はかつての主治医から「いじめによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)」の診断を受けている。現在不登校の状態が継続している。
2.事例のアセスメント 
(1) ターゲットとなるクライエント・システム(クライエント)
本論では、ターゲットとなるクライエント・システム(クライエント)として、A子を選択する(2)介入の対象とすべき問題
クライエントは、過去において受けた「いじめによるPTSD」の症状として、クラスのメンバーとのコミュニケーションに問題を起こしている。クライエントは、今後学校において過去と同様の経験をするのではないかという不安が強いと述べており、この不安感により不登校が生じていると考えられる(PTSDの「回避」症状)。実際に、面談の中で過去の経験を想起するときに、瞬時に大粒の涙を流すといったPTSDの「再演」の症状を呈している。また、HRにおける落ち着かない様子や表情などから、本人が不安感を抱いていることが観察された。PTSDの主な症状は、「再演」、「回避」、「過覚醒」であるが、(注2) クライエント自身の言葉と上述の観察事実から、クライエントがPTSDであると考えることには妥当性がある。従って、本事例における介入の対象とすべき問題は、1.「いじめによるPTSDに起因する学校生活への不安感」及び2.「この不安感により登校できないこと」である。以上から、1.「本人の不安感の程度」及び2.「出席回数」の両者を測定対象とする。
(2) 介入目標
現在、PTSD治療に対する治療法として、「EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)」(眼球運動による脱感作と再処理)(注3)がある。そこで、クライエントに対してEMDRによるPTSD治療が可能なライセンス保持者(注4)を確保し、クライエントの同意を得た上で、クライエントに対する「継続的なEMDR治療を行う契約」を結ぶ。その上で、クライエントに対してEMDR治療を実施することにより、クライエントの不安感を軽減しHR・授業への出席回数を増やすことを目標とする。
(3) 介入目標の達成基準
測定の尺度としては、下記の自己測定スケール及び不安感の測定に関する標準化されたスケールの両者を使用する。(注5)
<不安感の度合いを評価する自己測定スケール>
 1   2 3 4  5
不安を感じない 少し不安 多少の不安 強い不安 最もひどい不安                      
 介入目標は、クライエントに対するEMDR治療によりクライエントの不安感が軽減され、出席回数が増加することで達成されたとする。
3.本事例に対するシングル・システム・デザインの応用
 本事例では、クライエントのPTSDに起因する不安感の軽減及びそれによる登校回数の増加という介入目標に対するEMDR治療の有効性の測定として、シングル・システム・デザインの応用を行うものとしている。介入期の測定方法は、治療者が治療後に標準化されたスケールによりクライエントの不安感の程度の測定を行い、クライエントは同日帰宅後に自己測定スケールに記入するものとする。自己測定を帰宅後にする理由は、治療者による測定直後においては、治療者の面前では書きにくい、測定結果に左右される、といった可能性があるためである。また上記測定と同時に、担任が毎日全科目・HRへの出席回数を記録する。
 ベースラインの設定は以下のように行う。まず、上記症状の確認の時点以降短期の間に、治療者による第1回目の標準化されたスケールを用いた測定及びクライエントによる自己測定スケールを用いた(自宅での)測定を行う。同時に、担任は毎日全科目・HRへの出席回数を記録する。以後、その日を含めて10日間に渡って計10回の測定を行い、これら計10回の点数及び出席回数の推移をベースラインとする。この期間治療者は、測定するのみでEMDR治療及びカウンセリングを行わない。
 次に介入期に関して述べる。10回目の測定の翌日に第1回のEMDR治療を行い、その直後に治療者が標準化されたスケールにより測定を行う。クライエントは同日帰宅後に自己測定スケールに記入する。以後その日を含めて10日間に渡って計10回のEMDR治療及び測定を行い、これら計10回の点数及び出席回数の推移をベースラインと比較する。シングル・システム・デザインはABデザインを採用し、基礎線期A=介入前10日間、介入期B=第1回目の治療開始時から10日間とする。
4.本事例に対するシングル・システム・デザインの応用における問題点
 次に、上記シングル・システム・デザインの応用における問題点について述べる。本事例においては、クライエントに対して実際にEMDR治療を行う者が、標準化されたスケールにより治療直後に測定するという介入方法を取っている。EMDR治療効果の測定としては、治療効果の信頼性に関する証拠がまだ確立されていない現段階では、治療直後に治療者が実施する場合と治療者以外の者(例えば担任)が測定する場合とのどちらがより客観的で正確な結果が得られるのか必ずしも明確ではない。従って、可能なら治療者以外の者による標準化されたスケールによる測定も同時に行い両者の結果を付き合わせることが望ましい。しかし、本事例においては、クライエントが学校という場への強い不安と回避症状を示しているためこの条件を充たすことができないという問題点が存在する。
 また、社会的には、EMDRのライセンス取得条件の枠組みがかなり限定されているため、ライセンスを持ち自身の治療効果が測定・実証された多数の治療経験を持つ専門的援助技術者が極めて少ないという問題点がある。
                    【注】
(注1) なお、本事例において、アセスメントし介入すべき主たる対象を「クライ
エント・システム」(以下「クライエント」と表記)と呼ぶ。
(注2) 『DSM-4-TR精神疾患の分類と診断の手引』アメリカ精神医学会
医学書院 2003年参照。
(注3)『EMDR 外傷記憶を処理する心理療法』フランシーヌ・シャピロ著
ニ瓶社 2004年、『EMDR症例集』崎尾英子編 星和書店 2003年 を参照。
(注4)EMDRのライセンスの詳細については、『EMDR症例集』崎尾英子編 星和書店 2003年のp.225-236を参照。
(注5) 『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチー』 
平山尚他著 ミネルヴァ書房 2001年 pp.226-229.
            【主要参考文献】
『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチー』 
平山尚他著 ミネルヴァ書房 2001年
『ソーシャルワーク実践の評価方法 シングル・システム・デザインによる理論と技術』平山尚他著 中央法規出版 2002年
『EMDR 外傷記憶を処理する心理療法』フランシーヌ・シャピロ著
ニ瓶社 2004年
『トラウマティック・ストレス PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべて』べセル A・ヴァン・デア・コルク他著 誠信書房2003年
『EMDR症例集』崎尾英子編 星和書店 2003年
『徴候・記憶・外傷』中井久夫著 みすず書房2004年
『心的外傷と回復』ジュディス L・ハーマン著 みすず書房1999年
『治療論からみた退行―基底欠損の精神分析』マイクル・バリント著
みすず書房1999年
『子どものトラウマ』西澤哲著 講談社 1997年
『境界例の精神療法』福島章編 金剛出版1992年
『心の傷を癒すということ』安克昌著 角川書店 2001年
『「家族」という名の孤独』斉藤学著 講談社 2001年
『心的トラウマの理解とケア』
 厚生労働省 精神神経疾患研究委託費外傷ストレス関連障害の病態と治療ガイドラインに関する研究班編 じほう 2001年.
『心の臨床家のための必携精神医学ハンドブック』
小此木啓吾他編著 創元社 1998年
『新版 精神医学事典』加藤正明他編 弘文堂 1993年
『DSM-4-TR精神疾患の分類と診断の手引』アメリカ精神医学会
医学書院 2003年
Alton,John F.Correlation between Childhood Bipolar1 Disorder and Reactive Attachment Disorder,Disinhibited Type.in T.M.Levy(ed.) Handbook of Attachment interventions, San Diego:Academic Press,2000.(pp237-240)
William J.Reid & Anne E.Fortune.The Task-Centered Model in A.Roberts and G.Greene,Social Workers’Desk Reference,Oxford U.Press.2002,101-104.
William J.Reid & Anne E.Fortune.The Task-Centered Model in A.Roberts and G.Greene,Social Workers’Desk Reference,Oxford U.Press.2002,101-104.


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